1話 旅館で働きたい!3
お風呂には先客が居た。やっぱり男女ペアで、男の人のほうが驚いたように目を見開いてこっちを見ている。私はぺこりと頭を下げた。
「な、何で驚いてるんでしょう? やっぱり仲居が一緒にお風呂に入るのがおかしいんじゃ……」
「違う違う。それはきっと、君が若いからだろう。この辺りは40前後の女性のほうが多いからな。ほら、あの人もそうだろう?」
指されたほうを見る。すると、何といつもの女性!? おじさんと一緒に居た人だ! これは修羅場の予感……。
「ゆみさん」
「ああ、ろくさん」
手を振り合うおじさんと女性。もう私には何が何やらわからない。
ひょっとすると、背中を流すためだけに他の場所から仲居としてやってくる人だったりして。だとしたら斬新すぎるシステムだ。
私はボディソープを専用のスポンジで泡立てる。そしてそれを座っているおじさんの背中に押し当てた。
「手でやって」
「手……ですか」
おじさんは言うには、そのまま手で洗うのだそう。それで汚れが落ちるのだろうか。
私は望み通り、手でごしごしとおじさんの背中を洗い始めた。男の人の大きな背中。私はちょっと感動している。
「えっと、葉奈子ちゃんだっけ? 君はこうやってお父さんの背中を流すことはある?」
「いえ……、私が物心つく前には父は亡くなっていたので」
「そうなのかい……嫌なことを思い出させちゃったかな、ごめんね」
「い、いえ! 覚えてない分、居ないのが当たり前っていうか、思い出せることが何もないっていうか。でも! おじさんの背中を見てると、もしお父さんが居たらこんな背中なのかなって思っちゃいますね」
そう言って笑う。お客さんをしんみりさせてはならない。私は明るく誤魔化した。
「本当、葉奈子ちゃんは良い子だねぇ。僕ならいくらでも代わりをしてあげるからね」
「あ、ありがとうございます……」
本当に優しいおじさん。30くらい上だと思われるこの人にでも、耐性の無い私はすぐに恋に落ちちゃいそうだ。
初めて裸を露わにしたことも含め、何か運命めいたものを感じる。
「葉奈子ちゃんは僕の娘よりも若いなぁ」
「娘!? 結婚してらっしゃるんですか!?」
「ああ、もちろん。娘ももうすぐ結婚でね。すぐに孫も出来るんだ」
さようなら運命。じゃあおじさんはやっぱり不倫してるのか。ってさっきの人は仲居さんだという結論だった。どっちにしても、不倫にしか見えなかったんだよなぁ、あの時は。
妻帯者で娘さんが成人しているような人の前で全裸な私。乳首を品評された私。数秒だけおじさんに恋した私。何だかいろんなものを捨てていっているような気がする。
私はもう早く終わらせようとして、手の動きを速めた。しかし、そんな手抜きを常連さんが見過ごすわけが無かった。
「それじゃ駄目だよ」
「す、すみません……」
私は手の速度を再び緩める。丁寧に、丁寧に。
「良い方法があるんだ。葉奈子ちゃんの体に泡をぬって」
「はい……」
言われるがままに泡をぬる私。気付けばおじさんはずっと胸のほうを見ている。恥ずかしい。
「それくらいでいいよ」
「あ、でもまだお尻のほうが……」
「前だけで良いんだよ。そのまま僕に抱き着くようにして、上下に動いてごらん」
「はい!?」
確かに効率が良いのかもしれないけれど、私にはハードルが高すぎるのでは。私は息をのんだ。
「別に普通のことだよ。ほら」
「あ」
示された方向を見ると、ゆみさんと呼ばれていた女の人が、まさに同じことをしていた。
ああ、本当に普通のことなんだ。ゆみさんは大人っぽい笑みを浮かべながら、滑らかに男性の背中に自分の体で洗っていた。
「や、やります!」
ここで生きていくと決めた私。変わっているけれど、これは必要なことなのだ。
私はおじさんの背中に抱き着いた。そしてそのままゆっくりと動き始める。
温かい背中は心地よく、それ自体は何も問題ない。でもそこから動くとなると、これは相当恥ずかしいものになる。
何といっても私のお乳が直接触れているわけだ。おじさんはそれを背中で感じているはず。私の肌、私の乳首。
あれ? 私の乳首、硬くなってる。ひーん、気付かないでー。
「硬くなってるね」
「ご、ごめんなさい……」
気付かないわけが無かった。もうやけだ。私は全身でおじさんを丁寧に洗っていく。
「はぁ……はぁ……、どうですか?」
乳首が当たるせいか、私の心臓は大げさに波打っていた。呼吸がままならず、息が乱れる。
「いいよいいよ。じゃあ次は、前にいこうか」
「はい!? ええええぇぇー!!??」
私は口を押える。ゆみさんたちもこちらを見ているので、慌てて私は頭を下げた。リアクション芸もほどほどにしないと、他の人たちにも迷惑になってしまう。
「無理にとは言わないけどさ」
「え? い、いえ! やらせていただきます!」
もうこうなったら変わらん! 私は前からおじさんに抱き着く。男性の正面は毛がいっぱい。おや、乳首にまでお毛けが……。
私は体を上下させる。すると、下に来たとき、私に向かってそそり立っているあれに気が付いた。すっかり忘れていたけれど、正面なら当然、その子は構えている。
私に……そう、私のあそこに向かって。
「はい……はいっちゃいそう……」
「そんな簡単に入るわけないよ」
私は細心の注意を払いながら、体を下ろしていく。座っているおじさんのそれは上を向いているが、私に当たるとお尻の方向へと傾いてくれる。
しかし、お尻に触れているだけでも未知の領域。男性の硬さと熱さを直に感じてしまう。
緊張でさらに息が荒くなる。おじさんの手は私の体を支えてくれるが、その手が少し下過ぎるし、いやらしい気がする。お尻、触られてる……。
「はぁ……はぁ……」
「よし、もう大丈夫かな。流してくれる?」
「あ、……はい」
終わりは意外とあっさりしていた。私は息を整え、シャワーでおじさんの泡を流した。
おじさんはそのままお風呂へと向かう。頭は洗わないんだ。私もそうしておこう。
そのまま着いていこうと思ったが、おじさんは私に自分の体も洗うようにと促してきた。
ちょっとホッ。まあさっきので前部は洗えたけどね。ちゃんと背中やお尻まで手で洗って、それを流した。
その後、おじさんの隣へと腰を下ろした。すっかり胸を露わにしていることには慣れている。下も隠してはいるけれど、どうせ見えているだろう、なんて投げやり気味。
しかし、お風呂に入るなんて想定していなかったものだから、髪を上げておらず、肩ほどまである私の髪は湯船に入ることになった。後でちゃんと乾かさないとなぁ。
「良いお湯だねぇ」
「そうですねぇ」
これでお仕事も終了かな。初仕事、上手くいっただろうか。
歴史ある町の伝統サービス。私には刺激が強すぎたけれど、おじさんの満足そうな顔を見れば少し救われた気持ちになる。
1話 旅館で働きたい!4
おじさんとは何てことない話をした。
六郎なのでろくさんと呼ばれるこの人は、何と社長さんらしい。ここに来てゆっくりしてから仕事に行くこともあって、癒しの場として利用してるんだって。
温泉でもないのに、何でここは人を惹きつけるのだろう。
不思議に思っていたけれど、こうやってのんびりお風呂に入っていると分かる気がする。お昼の露天風呂から見る空は青くて綺麗だ。
脱衣所に上がると、ろくさんは私の体を拭いてくれる。結構です! って言っても全然聞いてくれないので、されるがままに体を拭かれた。
お返し、ということで私もろくさんの体を拭く。背中、お尻、胸、お腹、と順に拭いていく。
すると、当然とばかりにろくさんは自分の息子さんを指さす。そりゃそうだよね。私は大人しくそこにタオルで触れる。
タオル越しに初めて触った男の人のおちんちん。
さっきお尻に当たっていたそれは、タオルが引っかかるくらい硬くて、思わず「おおっ」と声を漏らしてしまう。芸術品でも扱うように、丁寧にそこを拭いた。
その後、私はドライヤーで髪を乾かした。次からはちゃんと括ろう。
「では、お部屋にご案内いたします」
達成感と共に、私はろくさんをお部屋にお連れした。ちょっと古臭いけれど、居心地のよさそうなお部屋。お昼なのに、もう布団が敷いてある。
「じゃあ、そこに座って」
「? ――はい」
私は言われるがままに座った。そこは布団の上だった。こんなことして良いのだろうかと思ったが、お客さんに言われたなら従うしかない。
「よし。さて、これから本番だからね。心の準備は良いかい?」
「はい……??」
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、私は返事をした。これからが本番とな。一体何が始まるのやら。
「まず質問するね。君は処女かな?」
固まる。単刀直入されて、そのまま殺されてしまいそうな質問。
「はい」
私はもはや何も考えず、正直に答えた。ひょっとすると今私の目は死んでいるかもしれない。
「やっぱりそうか……。君は本当に中学生じゃないよね?」
「違います! 断じて違います!」
そこは大きく否定する。中学生に間違えられるのはもうこりごりなのだ。
「うん、わかったわかった。よし……じゃあこれからすることを言うよ。えっとね、僕と葉奈子ちゃんは、これからセックスをするんだ」
固まる、その2。どうやら単刀直入される場所は私の下半身にあるようだ。なんちゃって。
ってそんな馬鹿なことを言っている場合じゃない!
「……イマナント?」
「セックスだよ、セックス。性行為、愛を育む行為」
世界は色を失った。ううん、私が目を閉じただけ。
「サックス。エックス。オリックス……」
「お、落ち着いて、葉奈子ちゃん」
ろくさんに両肩を掴まれる。すると近づく顔。ろくさんの顔はちょっとだけ誰かに似ている。
そうだ、阿○寛。○部寛をとてつもなく弱そうにした感じ。
「ここ、寺山新地は旧遊郭なんだ」
「キューユーカク?」
あるいはQU核。きっと何か危険な科学用語。
「つまりのところは、男の人が女の人と遊ぶ場所」
「へー……」
「だから、君の仕事は、これから僕とセックスすることなんだ」
仲居さんのお仕事とは、掃除、お見送り、食事の準備。そしてセッ――。
「……そ、そんなぁ!? 私の仲居さんライフはどこぉ!? うわぁぁぁぁあん!!」
ついに爆発する。だって、つまりは私が体を売っているというのが現状なわけだから。
まさかこんな旅館があるなんて。涙が出てくる。私が決めた道は、私が運命を感じた場所での仕事は、自分の体を売ってお金をもらうことだったということだ。
布団の上に座っている以上、もう後戻り出来ない。これから私は美味しくいただかれちゃうんだ。
「……やっぱり厳しそうだね」
ろくさんがぽつりとつぶやく。私は嗚咽を抑えながら、耳を傾けた。
「僕は強引なことをするつもりは無いよ。君が嫌なら諦めて帰るさ」
私から手を離し、すっと立ち上がるろくさん。
「あの……」
頭をなでるろくさん。そして優しい笑顔をくれる。
「葉奈子ちゃんみたいな子が、ここに居たらいけないよ」
キュン。ろくさんは素敵なおじさまだ。妻帯者でもうすぐお孫さんまで出来るそうなろくさんには、仏様のような貫禄がある。
ここで生きていく。私はそう決めた。それなら避けては通れないのがセックス。
初めての相手がろくさんなら、それはむしろラッキーなのではないだろうか。
「私……します!」
私はろくさんの手を掴んだ。ろくさんは驚いたような顔をする。
「無理しなくて良いんだよ」
「いえ! 私はここで頑張ることを決めたんです!」
涙をぬぐい、真っすぐろくさんと目を合わせる。ろくさんはにこっと笑った。
「じゃあ……しようか」
「はい……」
私はそのまま布団へ押し倒された。
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